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2007年は、石井十次が最初に児童一人を救い「岡山孤児院」を立ち上げ、宮崎のこの地に将来の理想郷づくりを夢見て土地を求め始めてから、ちょうど120年目の年になります。また2008年は武者小路実篤がこの地に理想郷「新しき村」作りを試み始めてから、90年目の年になります。その節目の年に私たちはこの木城町から西都市にまたがる茶臼原台地で、「第三の理想郷つくり」ともいうべき「茶臼原自然芸術館」と「天命館」を立ち上げました。「茶臼原自然芸術館」は、この地に自生する植物から繊維を採り、糸をつくり、「自然布」を織り上げる工房と、無農薬の農業を実践しながら、障害者の自立を支援する施設です。「天命館」は、様々な障害をお持ちの方々が互いに寄り添い、協力し合って生活をする共同生活援助(3人定員)、共同生活介護(3人定員)合計6人の定員です。

  じゅうじの家
デイサービスセンター
高鍋町北高鍋1262−1

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  高鍋町北高鍋1264

石井記念こひつじ保育園
 宮崎市広島1−7−18

石井記念こひつじ
デイサービスセンター
宮崎市広島1−7−18
小規模児童養護施設
   じゅうじの家

高鍋町北高鍋1262−1

  社会福祉法人石井記念友愛社
   宮崎県木城町椎木644−1
TEL0983−32−2025FX0983−32−3916

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 グループ・ケアホーム/天命館のこと

天命館が開館して、約半年がすぎました。天命館は様々な障害をもつ皆さんが、共同で生活しながら、自立と社会参加への道をさぐるグループホームです。ここで暮らしながら、同じ敷地内こにある「茶臼原自然芸術館」で自然布や染色の仕事をしたり、」「じゅうじ農園」で無農薬の農業に参加したりすることができます。この天命館の建物は、石井十次の仕事を引き継ぎ、戦後の復興期を支えた施設です。2009年、「茶臼原自然芸術館」の完成に合わせ、改築・改装して利用できるようになりました。広大な茶臼原の森に囲まれた施設の定員は6人で、まだ数人の利用枠があります。宮崎県外からの移住も可能ですので、下記連絡先にお問い合わせ下さい。

  ゆうあい通信
石井記念友愛社の現・理事長児嶋草次郎のエッセイです。友愛社と茶臼原の日常が綴られます。

石井記念のゆり保育園
西都市穂北5248−29

石井記念ひかり保育園
 
西都市穂北5248−9

石井記念やまばと保育園
 高鍋町上江7676−2

石井記念明倫保育園
高鍋町南高鍋566−5

石井記念十文字保育園
  川南町1567−16

映画・石井のお父さん
ありがとう 

 むーちゃんからの手紙 



<1>

茶臼原自然芸術館の関連施設「天命館」にむーちゃん(ブログ名)
がやってきたのは、昨年秋のことでした。
頑張り屋のむ―ちゃんは、仕事に頑張り過ぎて倒れ、内臓の病気や薬物依存なども併発し、
ボロボロに疲れて、茶臼原の森にたどり着いたのです。
 天命館は、様々な障害をもつ皆さんが、共同で生活しながら、
自立と社会参加への道をさぐるグループホームです。ここで暮らし、
同じ敷地内こにある「茶臼原自然芸術館」で自然布や染色の仕事をしたり、
「じゅうじ農園」で無農薬の農業に参加したりして社会復帰への道をさぐるのです。
 それから3ヶ月の間、む―ちゃんにはいろいろな出来事がありましたが、
薬物依存を克服、元気を回復し、新しい目標も見つかって、退所することになりました。
 退所の日のむ―ちゃんからの手紙が、その経緯とむ―ちゃんの心情をよく表していますので、
御本人に承諾を得た上で、ここに紹介します。

 
 
 
茶臼原自然芸術館の皆さんへ

 早いもので3ヶ月が経ち、今日で退社することになりました。
いままでいろんな病院に入院してやっとたどり着いたのが、
この茶臼原自然芸術館でした。来てすぐは何もない淋しいとこだったけど、
みんなが優しく接してくれたので、今日の日が迎えられました。
 何も分からない不安だらけの初日に、モーちゃんが牛を見に行こうって誘ってくれたあの言葉は、
今でも忘れられません。ありがとう。日に日に慣れ、みんなと仲良く過ごせた
この3ヶ月間は、私にとって大切な思い出になりました。

 一緒に仕事をして、タバコを吸って、なにかあると「どうしたと?」と気付いて助けてくれる、
泣いていると抱きしめてくれる、そんなみんなの優しさに、いっぱい私は力を借り、救われました。
 このたくさんの思い出を大切にしたいと思います。本当にありがとうございました。
 最後に、ジョンさん、いつも同じ屋根の下で過ごしてきたあの時間は大切な思い出です。
一緒に笑ったり泣いたり、怒ったり、どんなときも一緒にいてくれてありがとう。
私にとってお姉さんでした。いつも迷惑ばかりかけてきた・・・でもいっぱい一緒に笑ったネ、
本当に一緒に過ごせたことが幸せでした。
 ありがとう。

 そしてこれまで力になって下さった先生方、本当にお世話になりました。
薬の怖さに気づけた、そして止めることができたのもこの自然芸術館
にきたおかげだと感謝しています。農業の大切さを学んだこと、機織りができたこと、
みんなと楽しく過ごせたこと、何よりも自分を成長させてくれたことが本当にうれしかったです。
 いままで色々なことで迷惑ばかりかけてきましたが、これからは
目標に向かって頑張りたいと思います。やればできるを気づかせてくれた
この自然芸術館での思い出を大切にしていきたいと思います。
 本当にありがとうごさいました。



<2>

むーちゃんが退所して一週間が過ぎました。
館の庭を飾っていた梅の花もいつの間にか散り、
暖かい日が続いて、一気に本格的な春の訪れです。
実家に帰り、アルバイトをしながら、障がい者や高齢者向けの
理容とマッサージの勉強を始めると言っていた、
むーちゃんから手紙がきました。

こんにちわ。
自然芸術館の皆さん、元気ですか?
早いもので退社して1週間が経とうとしています。私は実家に帰り、
みんなとの思い出を振り返ると、幸せな3ヶ月だったなと感じます。
やっぱり1人になるとみんなと過ごした時間が恋しく思います。
たった3ヶ月だったけど私にとって大きな思い出だったと思います。
これから先も楽しい事、辛いこと、苦しいこと、色々とありますが、
みんなで助け合いながら自然芸術館の仲間として
無理をせず頑張って下さいね。
また遊びに行きます。

DEAR
こんにちわ。先生、元気ですか?
私は帰ってから、なんか落ち着かない毎日です。
自然芸術館にいるときは大丈夫だと思っていたけど
社会は甘くないなと感じました。
帰って、やっぱり自然芸術館にいたときが幸せだったなと思います。
だって先生達は、つらいときも苦しい時も構ってくれたから・・・
帰ったらやっぱり薬がほしくて毎日が自分との戦いです!
でも自然芸術館で過ごした3ヶ月間を振り返ると自分を立ち向かわせてくれる。
自然芸術館の力はすごいと思います。
3月7日からバイトが始まります。
一からのスタートです。
これから先も楽しいこと苦しいことたくさんあると思いますが、
自分を見つめ直して頑張っていきたいと思います。
また遊びにいきますネ。
みなさんにもよろしくお伝え下さい。



□文中の個人名はすべて「ゆうあいブログ」に掲載したブログ名です。

障害者共同生活援助介護事業所 天命館
 西都市穂北5248−12

  児童養護施設
 石井記念友愛園
木城町椎木644−1

 自然布の染織と農業
 茶臼原自然芸術館

 木城町椎木603−1

石井十次の業績と友
愛社の歴史を伝える

 石井十次資料館

  児童養護施設
 石井記念有隣園
都城市平塚町2880

石井十次は、日本における福祉事業の先駆者です。慶応元年(1865)に高鍋町に生まれ、最初は岡山で医学を学んでいましたが、ある貧しい母子との出会いをきっかけに、23歳で本格的な児童救済事業を始めます。岡山孤児院を創設し「児童福祉の父」と呼ばれた十次の元には、一時は1200名もの子どもたちが保護されたといわれます。施設内には私立の小学校も開設され、ユニークな教育も行われました。石井十次が児童福祉の父・福祉の先駆者などと呼ばれるのはこのことによります。

やがて、フランスの思想家ルソーの『エミール』の感化を受けた十次は、 木城町と西都市にまたがる茶臼原で「自然・労作」教育をしようと、 明治27年、岡山からの大移住を開始します。 児童や職員はもとより、建物も解体して茶臼原の地に再現し、そこで理想的な農村共同体を実現するつもりでした。

ところが、大正3年に十次は志半ばで倒れ、その事業はいったん閉じられます。

その後、昭和20年に太平洋戦争被災児救済を目的に再開、『石井記念友愛社』として創設され、児童養護施設や保育園も運営されることになりました。当時の建物はそのまま残され、一角に建てられた資料館には十次の遺品や岡山孤児院のさまざまな資料が保存・展示こされ、十次の偉業を伝えています。

現在の友愛社は、これらの歴史と理念を継承し、約50人の園生が生活する「友愛園」と友愛社が運営する七つの保育園、二つのデイサービス事業、石井十次の生涯と友愛社の歴史を記録する「石井十次資料館」などを中心に運営されており、また、それを支援する後援会「石井十次の会」があります。そして今年(2009)「茶臼原自然芸術館」(障害者就労継続支援型事業)が開館、自然布の染織と無農薬農業の実践を通して障害者の技能習得と自立を支援します。豊かな自然に抱かれた茶臼原の大地で、石井十次がめざした「福祉と芸術が融合した理想郷づくり」の夢の実現へ向けて石井記念友愛社の新しい歴史が刻まれてゆきます。

天命館

障害者共同生活援助介護事業所