アカメガシワ(赤芽柏)の染色



アカメガシワ(赤目柏)は、春先に真っ先に芽吹く植物の仲間で、
新芽と葉茎が赤く目立つことからこの名を貰った。
ヌルデやタラノキ、楮、山桜などともに杉林が切り払われたり、
火事で焼けたりした後に芽生えてくる植物群のひとつで、
パイオニア植物と呼ばれるが、これが、縄文時代の生態系植物相だというから不思議なものだ。
そして、これらの植物が「山菜」「薬草」「染料」などして利用されるのであるから、
自然界の不思議に驚かざるを得ない。
アカメガシワは、樹皮または赤い新芽と葉茎を干したものが胃潰瘍、
胃癌などに効く薬草しても知られる。ただし野草茶に混ぜて煎じると茶が黒くなることから、
好みが分かれるようだ。この広い葉は食べ物を乗せる用途も持ち、菜盛り葉とも呼ばれる。
古代より染色に用いられた。藍草で下染めした上に葉と樹皮で染め重ねると純黒色が染まるという。アルミ媒染で黄茶色、錫媒染で黄色、鉄媒染で紫黒色、銅媒染で焦茶色に染まり、
真っ黒な小粒の種子は赤色の染料になる。



今回は、黄葉する直前の葉茎でセーター用ウール(毛糸)を染めた。
・天命館前の広場に生えていた木を切り倒し、葉を採集。細かくカットして、洗う。
・使う部分は葉と赤味の残る葉茎。


・糸は精錬しておく。
・煮沸する。沸騰後、15分で煎液が得られた。
その煎液を布で濾すと暗黄褐色の煎液が得られた。




・毛糸を入れ、ゆっくりと回転させながら、全体に煎液を浸透させる。20分煮沸。




・水を沸騰させ、媒染剤(硫酸第一鉄・酒石英・蓚酸)を入れる。透明な黄緑色の染液が得られた。
・毛糸を入れ、糸を回転させながら全体に染液を浸透させ、染める。
約20分で紫がかった黒に近いグレイに染まった。
・アンモニア溶水に浸すと、色は一層黒くなった。


合歓の葉の染色 

茶臼原の森も、遠くに連なる米良の山脈も梅雨の雨にけぶって、
淡い藍色にかすんでいる。
時折、晴れ間がのぞくと、森と山は少し青みを深める。
こんな日、やわらかな筆の穂先を、少女が頬に押し当てると、
そのほのかな紅と白が筆を染める。それが合歓の花である。

 象潟や 雨に西施が ねぶの花

芭蕉は、「奥の細道」の旅で、小ぬか雨に濡れる合歓の花を
中国古代の美女・西施にたとえたが、「合歓」という文字は、
夕暮れ時になると羽状複葉の葉と葉を合わせて眠ってしまうことから、
男女のこまやかな愛の姿を表象したものである。万葉集には

 我妹子が 形見の合歓は 花のみに 咲きてけだしく 実にならずかも

という大伴家持の歌をはじめ、合歓の葉から男女の共寝を連想する歌がある。

この花を酒に浸けこむと怒りを鎮める薬酒になる。
生葉を採って揉むと、泡立ち、その泡を髪につけて洗う、
現代のシャンプーのような用途として使う地方もあったという。

梅雨明けから夏へかけて、この合歓の葉を採集し、絹を染めると、
ミョウバン媒染であざやかな黄色が染まる。



森に合歓の葉を採集に行く。小枝はもろく、ぽきりと折りとることができる。



採集してきた小枝から葉をむしり取り、洗って煎じる。



煎液に布を入れ、染める。染め上がった布を水洗いする。



絹布はあざやかな黄色、綿・麻は狐色がかった黄色に染まった。
風に翻る布が美しい。



麻のワンピースはミョウバン媒染で淡黄色に染まった。
鉄媒染で染め重ねると、オリーブグリーンに。
素材や媒染剤の違いによる変化も草木染めの楽しみ。


「山桜」の染めと織り



春は「山桜」による染色の季節です。開花を前に、蕾を一杯に膨らませた枝を少しだけいただき、
染めるのです。絹糸が、まるで桜の精がたち現れたかのような艶やかな淡紅色に染まります。
採集してきた植物で染めるワークショップは、当館通所者の皆さんと一緒に行います。
森の恵みをいただき、自然の神秘を学ぶのがこのワークショップです。


とき 2010年3月8日、9日、10日
ところ 茶臼原自然芸術館と周辺の森





受講料 
・山桜によるシルクストールの染色 2、500円(材料代を含む)
  *森で山桜の枝を採集し、シルクストール1枚を染めます。
   染め上がったストールはお持ち帰りいただきます。
   いずれか1日の参加で仕上がります。
・山桜によるシルクマフラーの染めと織り 15、000円(絹糸代を含む)
  *森で山桜の枝を採集し、絹糸を染め、シルクマフラーを織り上げます。
   織り上がったマフラーはお持ち帰りいただきます。
   上記3日で絹糸を染め、後日スケジュールを調整し、約1週間かけて織り上げます。
・その他、着尺、帯などの染織をご希望の方は別途のご相談となります。



お問い合わせは 担当 横田または江原へどうぞ。
 


「山桜」の染めと織り ワークショップの記録





<1>山桜の精をいただくこと

2010年3月初旬、気温の高い日が続き、桜の開花が早まることが予想されました。
それで、山桜の枝を採集する工程を一週間早めることにしました。
山桜の染色は、桜の枝に蕾が一杯に膨らんだ、開花直前の枝をいただき、染めるのです。
不思議なことに、桜は、開花が始まると、たちまち発色の度合いが落ちます。
また、蕾が固いうちに切り取った枝でも、染め上がりはあまり良くありません。
桜の染色は、まさに「花の精をいただく」行為なのです。
「山桜」「染井吉野」「八重桜」「緋寒桜」など、桜の種類はいろいろありますが、
ここでは、「山桜」を使います。染井吉野などの改良種や園芸種の桜の寿命が
樹齢40年〜70年程度と短いのに比べ、山桜は、数百年も生きる野生種です。
全国に分布する「名物桜」の大半は山桜の仲間なのです。
また、染井吉野などが切った個所から水が入り、腐り始めて寿命を縮めるのに対し、
山桜は傷跡を枝や幹が抱き込むようにして回復し、再び成長を始める
強靭な生命力を持った樹木なのです。

「山桜」といえば、西都原古墳群や米良山系の山々など、この地方には、
「コノハナノサクヤヒメ・イワナガヒメ(木花咲邪媛・盤長媛)」伝承が分布しています。
天孫・ニニギミコト一行がこの地に降臨(渡来)した時、
ニニギノミコトが土地の美しい娘コノハナノサクヤヒメを見初め
結婚を申し込みます。コノハナノサクヤヒメはそのことを父親のオオヤマヅミノミコト
に報告し、許諾を求めると、オオヤマズミノミコトは喜び、姉のイワナカヒメト一緒に
献上することを申し出ました。ところがイワナガヒメは醜貌だったので、
ニニギノミコトは辞退し、美人のコノハナノサクヤヒメだけを召したのです。
それにより、コノハナノサクヤヒメは天皇家の祖神の一柱となりましたが、
イワナガヒメは、それを嘆いて米良の山に隠れ住み、
ついに一ツ瀬川上流の淵に入水するのです。けれども村人はそれを憐れみ、
社を建てて祀り、「山の神」として信仰され続けました。
この伝承は、コノハナノサクヤヒメが、春真っ先に咲き出す山桜の精であり、
新しいこの土地の支配者に祝祷(しゅくとう)の言葉を述べる先住神であり、
イワナガヒメは延命を約束する「岩の精」であり、やはり先住の女性シャーマン
であったことを物語っていると推理されます。
山桜の花をいただき、布や糸を染める時、このような古代の物語を
イメージしながら仕事を進めると、味わいが一層深くなることでしょう。



<2>山桜の枝を採集する

広大な友愛社の敷地の森には、山桜が自生しています。
施設の周辺にも植栽されたものが点在し、空に向かって枝を広げています。
これらの山桜の一本一本の開花の状況や蕾の付け方、膨らみ方などを
普段から観察しておいて、切る時期を決定します。
今年は、友愛園に隣接する運動場の上にある大きな二本の桜から
枝の一部をいただくことにしました。株の根元に近い部位に
枝と枝が絡まりあって傷が付いているものと、細くて勢いの弱い枝とがあり、
それを切ることにしたのです。このような枝は、一本の木にとっては余分な負担となり
全体の生命力を弱める要因となるもので、いずれ自然淘汰の法則によって
枯れ落ちてしまうものなのです。これを切除すると、木はかえって
樹勢を強めて、本体の幹や枝の成長が促進されるのです。
庭木の剪定と同じ原理を山桜に対しても適用するわけです。

さて、このようにして採集した枝を持ちかえり、細かく切りそろえます。
「桜の染め」といえば、花びらや葉、あるいは樹皮などで染めると思い込んでおられる方が
圧倒的に多いようですが、それは間違いで、桜は、枝を丸ごと利用します。
幹はノコギリで切り、枝はナタや剪定ばさみで細かく切り、保管します。
この状態ですぐに染められますが、1週間〜2週間程度は保存することができます。
切られたことによって水分の補給が止まり、開花前の状態をキープできるのです。
乾燥が進むと発色が弱まりますので、採集から2週間以内に染めるのが適当でしょう。




<3>山桜の枝を煮出して染液を得る

採集し、細切れにした山桜の枝を水洗いして、ゴミや汚れを落とし、
大きめの容器に入れ、水をひたひたになるほど入れて、煮ます。
沸騰後、15分ほどで、透明感のある樺色の染液が採れます。
この染液ですぐに染めますが、液は3日ほど保存して使うこともできます。

<4>シルクストールとシルクの帽子を染める

今回のワークショップでは、山桜からいただいた染液で
シルクストールとシルクの帽子を染めました。
シルクストールは、タイ産の手織り生地です。古来、タイのシルクは
女王様のシルクと呼ばれた「マッドミーシルク」など、極上の絹の生産地として
知られていますが、現在でもその伝統は生きていて、各地の村や工房で
上質の手織りの絹糸と絹製品がとが生産されているのです。
タイシルクは現在、「地球上に残る最後の手仕事による絹」といっても
過言ではない品質を保っているのです。当館では、このタイシルクを
長年、現地を訪ね、山岳民族の村や各地の工房を訪ねて仕入れを続けて来た
コレクター・兼輸入業者から分けていただき、使用しています。

シルクストールを沸騰させた染液に浸けると、すぐに色が滲んできます。
布全体に色が浸透したころあいを見計らって、引き上げ、天日に干します。
これを3回くり返し、最後に媒染剤を入れて染め上げます。
帽子もほぼ同様の工程で仕上げました。

椿の灰汁媒染で渋みがかった桜色、鉄媒染でほんのり明るいグレイが染まります。
媒染とは、染織の過程で染料を布や糸などの繊維に定着させる工程のことです。
天然素材の多くは、布や糸と一緒に煮ただけでは色は染まりません。
媒染剤は「布や糸」と「色」を結び付けるいわば仲人の役割をする物質のことです。
主な媒染剤には、木灰、藁灰、鉄類、銅類、錫類などがあり、
その物質によって発色が異なります。

<4>繭と絹糸を染める
(作業中)

藍染めの話



古代の藍
゜「青は藍より出でて藍より青し」とは、中国の思想家・筍子の言葉で、藍染めの特性を見事にとらえた表現です。藍は、草そのものとしては緑色で、青みがつよいわけではないけれど、染めて空気に触れると、たちまち藍色に変化します。そして、染め重ねるごとに深みをまして、濃い藍色となるのです。このことから、弟子も精進・努力すれば師匠を超えることができるというたとえにも使われています。

日本の藍
日本の「藍染め」は、中国から伝わったとされる「蓼藍」による染色ですが、日本列島には「山藍」と呼ばれる自生の蓼科の藍草もあって、その起源や染色法に定説はありません。古代・卑弥呼の時代に中国に献上された「斑布」という記述があります(『魏志倭人伝』の中に、魏の景初三年(239)六月、倭国から魏帝に斑布2匹2丈を献じたという記述)が、これも藍の絞り染めまたはローケツ染めの可能性があり、古代から藍染めが行われていたことが考えられます。江戸時代になると、四国・阿波の徳島で藩が奨励して栽培法・染色法を確立し、広く普及しましたが、その技術は、関所を設けて技術者の藩外への出国を禁じるなど、秘法として独占されました。明治時代になり、九州の久留米で絣の技法が開発され、藍染めも解禁になったことから、庶民の衣類として藍染めが大いに普及しました。

インド藍の染織
藍染めの世界的な分布は、インド起源の「インド藍」が15世紀の航海術の発達によってヨーロッパにもたらされ、普及したものです。19世紀にアメリカ大陸で完成されたジーンズもその範疇に入ります。
20世紀に入り、ドイツで開発された合成インディゴ(化学藍)により、工業生産化が果たされ、天然藍での染織が衰退していきますが、天然藍による藍染めも、解毒・止血・防虫・除菌などの薬効をもつことから根強い人気を保ち、現代に至ってまた復興の気配をみせています。「裂き織り」や「襤褸」とよばれる継ぎはぎの野良着が「アート」として世界の美術市場を賑わしている現状がそれを示しています。

茶臼原自然芸術館では、藍の種をまき、藍草を育て、葉を採集して乾燥させた「干し葉藍」による藍染めと、インド藍を用いた藍染めを行っています。一年中利用できるインド藍は、障害をもつ通所者の方の染色や一般の方の参加も可能なワークショップなど手軽な藍染めとして利用できるのです。
以下にインド藍の概要を掲げておきます。


          インド藍
マメ科の亜灌木。草ではないので木藍とも呼ばれます。ナンバンコマツナギの別名も。インドを中心に分布。濃いインディゴ色素を大量に含む。インド藍の葉を水槽につけ、水に浸して葉の中のインディゴ色素を溶出させ、溶液にアルカリを加え、色素を沈殿・乾燥させてブロック状にします。この乾燥状態のものが入手できるので、インド藍の染色が普及ました。


藍染めワークショップ
「うからの里」の皆さんとともに
*
2009年12月17日、小春日和の穏やかな陽射しが降り注ぐ日、
社会福祉法人晴陽会「うからの里・高鍋事業所」のみなさんが、
「藍染めワークショップ」に来て下さいました。
御来館下さった皆さんは、館内のはた織りの実技や「じゅうじ農園」の野菜作りなどに興味津津。



そして、いよいよインド藍によるハンカチ染めに挑戦しました。
木綿糸で「絞り」を施し、濃い藍色の液に浸けたハンカチを取り出して、
それが空気に触れ、グリーンからみるみる藍色へと変化していく様子に
歓声があがりました。みんなの笑顔がすてきな一日となりました。






マリーゴールドで絹糸を染める

マリーゴールドで絹糸を染めました。
友愛社の園庭を彩っていたマリーゴールドの花びらを11月に採集し、冷凍保存しておいたものです。
まず、容器に水と花びらを入れ、沸騰させます。濃い煮汁が出てきたら、布で濾し、染液を得ます。
ここで水に浸けておいた絹糸を染液に浸し、媒染剤を入れます。これを何度も繰り返して染めます。鉄媒染で深いオリーブ色、アルミ媒染で輝くばかりの黄色が染まります。
今回の染色は男性の通所者と一緒に行いました。その感想を紹介します。




・マリーゴールドは明るい色でオレンジみたいでした。
これを何回も染めていく。どんな色になるかうれしいですね。
・最期の染めものが鉄とマリーゴールドの色でモスグリーンの色で、とてもきれいでした。
またきれいな色を染めたいと思います。たのしかったです。



染めあがった糸は「じゅうじ染め」と名付けられています。
これで、紬が織り上がれば「じゅうじ紬」となります。織り上がりが楽しみですね



 2010・春−夏
森の草木染めワークショップ スケジュールと内容

以下は2009年に行われた草木染めワークショップですが、
2010年もほぼ同様のスケジュールで行います。
日程は、採集時期・参加者の予定等に合わせて随時決定します。
お問い合わせ下さい。

干葉藍(ほしばあい)の染め 
お申込みをいただけば、随時行うことができます。
シルクのハンカチ、マフラー、ストール、
木綿のマフラー、ジャケット、ポンチョ
ウールの糸(マフラーを織ったりセーターを編んだりする)
詳しくはお問い合わせ下さい。

4月−7月
茶臼原自然芸術館に隣接する広い農場に、春に撒かれた
藍の種子が芽を出し、立派な藍畑となりました。



8月−9月
この藍を刈り取り、夏の天日に干して乾燥させたものが
「干葉藍」です。この干葉藍を使い、ウールの糸やシルクのマフラー、
木綿のジャケット、ポンチョなどを染めます。
澄んだ秋空のような藍色に染まったウールの糸では、
マフラーを織ったり、セーターを編んだりします。




9月
木城町の婦人部の皆さんがこの干し葉藍でシルクのストールを染めました。


 

藍の干し葉を沸騰させている間、布に絞りをいれてゆきます。

 

染め上がった布が空気にふれると、初めは草色だった布が
みるみる藍色に変わってゆきます。




乾かして出来上がり。作品はお持ち帰り。

枇杷(ビワ)の葉染め 

梅雨空に明るく映える枇杷の実は、食べても美味しく、また、その葉は、古来、
咳止め、血圧降下、血糖値改善、下痢止め、鎮痛・鎮静効果、制ガン効果
などさまざまな薬効があることで知られています。
この枇杷の葉は、染料としても貴重な素材です。枇杷の実を
おいしくいただいた後から夏頃まで、葉を剪定して用います。
今回は、シルクのマフラーと帽子、木綿のワンピースを染めました。



まず、シルクマフラー、帽子、木綿のワンピースなど、染める布を
ぬるま湯に浸け、お湯がよく浸透するように手で押します。
糊付けされている布はよく洗って糊を洗い落としておきます。



枇杷の葉は、手で細かく千切り、ひたひたに水をいれ、沸騰後15分煮出します。
次にザルにサラシを敷き、煎液を濾します。これで染液が得られました。
同じ葉で三回染液を取り、一緒に混ぜ合わせます。
これを一晩置くと、より濃い色に染まります。



さて、こうして得られた染液を火にかけ、熱くなってきたところで
シルクマフラーを入れ、ステンレス棒で軽く押しながら、15分〜20分、染色し、
火を止めて染まったマフラーを引き上げ、冷まします。
次にマフラーを軽く絞り、マフラー一枚に約200ccの椿灰汁をボールに取って、
マフラーによく揉みこみます。この椿の灰汁(アク)が媒染剤です。
5分ほど経過したら、マフラーを広げて媒染むらがないか確かめ、
同じボールに椿灰汁水を100ccほど足し、別のマフラーも同じように媒染します。



全部媒染が済んだら、濯ぎますが、より濃い色にしたい場合は染液に入れ、
さらに5分ほど加熱します。この後、水で濯ぎ、干し上げます。



帽子と木綿のワンピースも同じ方法で染めました。
染める素材(布)によって微妙な色の違いがあります。
媒染剤には今回用いた椿灰汁の他、ミョウバン、鉄などがあり、
それぞれに違った発色が楽しめます。





秋の草木染め  
(随時決定し、行います)

秋の森からは、赤目柏(アカメガシワ)の葉、ドングリの帽子(ガク)、栗の
イガなどさまざまな染料が得られます。これらの染料を使い、染めます。



赤麻(アカソ)染め 


ヤマメを追って、深い谷を遡上している時、渓流沿いの崖や山道の脇の岩場などに
アカソの赤い茎が目につく。アカソはその名の由来が語るように、
赤い葉茎を持つ多年草で、イラクサやヤブマオの仲間である。
夏に使い古した筆の穂先のような淡黄色の花を付ける。
この時期に刈り取り、染める。


晩夏の一日、
小丸川沿の道を遡り、木城町石河内の道沿いの崖でにアカソの群生を確認。
この日は良い具合に道路わきの空き地に群生が見つかったので、採集。




採集してきたアカソは水洗いして細かく千切り、薬30分煮沸する。
黒褐色の煎液が得られた。煎液を別の容器に取り分ける。



布地を入れて薬30分煮沸。布はこの時点では黄色っぽい茶色に。
布地を水洗いし、媒染剤(鉄)を入れた水に入れ、染める。
このまま15分ほど浸けておく。

・今回はシルクストールの鉄媒染で緑がかったグレイ
・オーガニックコットンの鉄媒染で黄味を帯びたオリーブグリーン
・シルクコースターの椿灰汁媒染で深緑
が染まった。

*古代の色名でみると、グレイは「利休鼠(りきゅうねず)」と「青鈍(あおにび)」
の中間あたりに位置する色だと確認された。青鈍は樫の樹皮または椎柴の
鉄媒染による色だが、利休鼠とは特定の染色法によるのではなく、江戸期の
商人による「粋好み」の命名であるということ。このアカソの灰色は、赤味を帯びた
紫がかっているから、独特の色ともいえる。
*アカソの染液を3時間から半日ほど置くと、酸化して絹がピンクが染まるという。
次回の楽しみである。


◆受講料 草木染め 4000円(シルクストール1枚分の代金を含む)    
     干葉藍染め 5000円(シルクストール1枚分の代金を含む)
         ウールマフラーの染めと織り 8000円(マフラー1本を染めて織る)
*その他、シルクの帽子3500円、シルクのマフラー3000円、
ウールのセーター用の糸染め6000円、絹糸持参での染め 6000円
など、素材・目的により受講料が変わります。
エプロンやポンチョなどの衣類もそろえる予定です。
追加の素材は別料金となります。
*受講料は内容や素材によって変わります。詳しくは
担当/横田・江原までお問い合わせ下さい。
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2009年4月に開館した「茶臼原自然芸術館」では、周辺の山野に自生する植物を採集し、その繊維から糸をとり、布を織り上げる「自然布」の制作と並行して、「森の草木染め」を行っています。自然から得られる色彩はゆたかで、温かく、そしてやわらかく人の心を癒してくれます。夏に旺盛な成長力をみせた植物は、秋にはそのエネルギーを蓄え、冬の準備に入ります。この時期こそ、もっとも美しく堅牢な色素が得られる季節です。森に分け入り、渓谷沿いの道を歩き、採集してきた植物で染める「森の草木染めワークショップ」は、さまざまな障害をもつ当館の通所者の皆さんとボランティアスタッフ、職員と協働し、山野や森に出かけて実際に素材を採集し、染織から織りまでの一貫した講義を行います。深い森や広大な農地、里山などが広がる茶臼原の大地は、自然素材の宝庫でもあります。山歩きの楽しさや、植物から糸が出来る感動、織りの神秘などをぜひ一緒に体感して下さい。

          

石井十次は、日本における福祉事業の先駆者です。慶応元年(1865)に高鍋町に生まれ、最初は岡山で医学を学んでいましたが、ある貧しい母子との出会いをきっかけに、23歳で本格的な児童救済事業を始めます。岡山孤児院を創設し「児童福祉の父」と呼ばれた十次の元には、一時は1200名もの子どもたちが保護されたといわれます。施設内には私立の小学校も開設され、ユニークな教育も行われました。石井十次が孤児救済の父・福祉の先駆者などと呼ばれるのはこのことによります。

やがて、フランスの思想家ルソーの『エミール』の感化を受けた十次は、 木城町と西都市にまたがる茶臼原で「自然・労作」教育をしようと、 明治27年、岡山からの大移住を開始します。 児童や職員はもとより、建物も解体して茶臼原の地に再現し、そこで理想的な農村共同体を実現するつもりでした。

ところが、大正3年に十次は志半ばで倒れ、その事業はいったん閉じられます。

その後、昭和20年に太平洋戦争被災児救済を目的に再開。、『石井記念友愛社』が創設され、児童養護施設や保育園も運営されることになりました。当時の建物はそのまま残され、一角に建てられた資料館には十次の遺品や人間国宝の芹沢_介製作のステンドグラスも寄せられ、十次の偉業を伝えています。

現在の友愛社は、これらの歴史と理念を継承し、約50人の園生が生活する「友愛園」と友愛社が運営する七つの保育園、二つのデイサービス事業、石井十次の生涯と友愛社の歴史を記録する「石井十次資料館」などを中心に運営されており、また、それを支援する後援会「石井十次の会」があります。そして今年「茶臼原自然芸術館」(障害者就労継続支援型事業)が開館、自然布の染織と無農薬農業の実践を通して障害者の技能習得と自立を支援します。豊かな自然に抱かれた茶臼原の大地で、石井十次がめざした「福祉と芸術が融合した理想郷づくり」の夢の実現へ向けて石井記念友愛社の新しい歴史が刻まれてゆきます。

2007年は、石井十次が、最初に児童一人を救い、「岡山孤児院」を立ち上げ、宮崎のこの地に将来の理想郷づくりをもとめて土地を求め始めてからちょうど120年目の年にあたります。また、2008年は武者小路実篤がこの地に理想郷「新しき村」づくりを試み始めてから90年目の年になります。その節目の年に、この茶臼原台地に第三の理想郷づくりともいうべき「茶臼原自然芸術館」と「天命館」が開館しました。この二つの施設は、障害を持つ方々が染織と農業の技術を身につけることで、地域の中で「就労・自立」を実現することを目指しています。具体的には、茶臼原の豊かな自然の中から採集した素材から糸を採り、布を織り上げる「自然布」を中心とした染織作業と、有機農法を軸とした農業の実践です。障害を持った方々と健常者とが協働し、自らの秘めた力を掘り起こし、新しい地域文化の創造を実現することを目指します。石井十次がこの茶臼原大地に福祉の理想郷を描こうとしたように、これから、新しい「福祉と芸術と農業」をひとつにした理想郷づくりの挑戦が始まるのです。

茶臼原自然芸術館

  社会福祉法人石井記念友愛社
   宮崎県木城町椎木644−1
TEL0983−32−2025FX0983−32−3916

    ゆうあい通信
石井記念友愛社の現・理事長児嶋草次郎のエッセイです。友愛社と茶臼原のの日常が綴られます。

       理念
天は父なり人は同胞なれば
互いに相信じ相愛すべきこと
   〈石井十次の言葉〉

       方針
   自然主義 健康をつくります
   家族主義 家族をまもります
   友愛主義 家庭をささえます

   到達目標
 友愛の地域社会つくり