
石井記念友愛社
方針
自然主義 健康をつくります
家族主義 家族をまもります
友愛主義 家庭をささえます

到達目標
友愛の地域社会つくり
社会福祉法人石井記念友愛社
宮崎県木城町椎木644−1
TEL0983−32−2025FX0983−32−3916
定員6名の地域小規模児童養護施設です。こどもたちは、家庭的な環境(職員二人が住み込み)の中で、生活文化の習得と社会的自立を目指しています。施設には、保育園とデイサービスセンターが隣接し、こどもたちは、デイサービスの利用者の方々と昼食をとったり、レクリエーションをしたりして交流しています。
こどもたちは、ボランティアの方々から、園芸や空手、ピアノなどの指導を受けており、さまざまな体験をさせていただいています。また、地域の行事にも積極的に参加しています。平成19年1月からは、高鍋町より委託を受け、子育て短期支援事業として、トワィライトステイ(夜間一時預かり)を実施し、地域のお子さんを預からせていただいています。希望があればショートステイも実施します。地域に開かれたこどものためのグループホームです。

理念
天は父なり人は同胞なれば
互いに相信じ相愛すべきこと
〈石井十次の言葉〉
にっしん保育園
ゆうあい通信
石井記念友愛社の現・理事長児嶋草次郎のエッセイです。友愛社と茶臼原の日常が綴られます。
石井十次は、日本における福祉事業の先駆者です。慶応元年(1865)に高鍋町に生まれ、最初は岡山で医学を学んでいましたが、ある貧しい母子との出会いをきっかけに、23歳で本格的な児童救済事業を始めます。岡山孤児院を創設し「児童福祉の父」と呼ばれた十次の元には、一時は1200名もの子どもたちが保護されたといわれます。施設内には私立の小学校も開設され、ユニークな教育も行われました。石井十次が児童福祉の父・福祉の先駆者などと呼ばれるのはこのことによります。
やがて、フランスの思想家ルソーの『エミール』の感化を受けた十次は、 木城町と西都市にまたがる茶臼原で「自然・労作」教育をしようと、 明治27年、岡山からの大移住を開始します。
児童や職員はもとより、建物も解体して茶臼原の地に再現し、そこで理想的な農村共同体を実現するつもりでした。
ところが、大正3年に十次は志半ばで倒れ、その事業はいったん閉じられます。
その後、昭和20年に太平洋戦争被災児救済を目的に再開、『石井記念友愛社』として創設され、児童養護施設や保育園も運営されることになりました。当時の建物はそのまま残され、一角に建てられた資料館には十次の遺品や岡山孤児院のさまざまな資料が保存・展示こされ、十次の偉業を伝えています。
現在の友愛社は、これらの歴史と理念を継承し、約50人の園生が生活する「友愛園」と友愛社が運営する七つの保育園、二つのデイサービス事業、石井十次の生涯と友愛社の歴史を記録する「石井十次資料館」などを中心に運営されており、また、それを支援する後援会「石井十次の会」があります。そして今年(2009)「茶臼原自然芸術館」(障害者就労継続支援型事業)が開館、自然布の染織と無農薬農業の実践を通して障害者の技能習得と自立を支援します。豊かな自然に抱かれた茶臼原の大地で、石井十次がめざした「福祉と芸術が融合した理想郷づくり」の夢の実現へ向けて石井記念友愛社の新しい歴史が刻まれてゆきます。



じゅうじの家
デイサービスセンター
「じゅうじの家デイサービスセンター」は、高鍋の街中にあり、「にっしん保育園」と「じゅうじの家小規模養護施設」を併設していいる全国でも珍しい複合施設です。それぞれの施設が手を取り合い、協同した成り立っています。定員10名という少人数の家庭的・家族的な環境で、きめ細かなサービスの提供を行っています。また、「一日無料体験(送迎・昼食付)」を実施し、デイサービス(通所介護)の体験をしていただいています(要予約)。これは、介護度等問いませんので、どなたでもご利用できます。どうぞ、レクリエーションや食事を交えながらの交流をお楽しみ下さい。自費利用も実施しています。こども花に囲まれた癒しの空間をぜひ一度、体感してみませんか?
*じゅうじの家デイは心のリハビリを目指しています。@あたたかな家庭的雰囲気とこどもとのふれあいA心のこもった料理と家庭サービスB花や野菜づくりを通した癒し空間

じゅうじの家

