石井記念友愛社が運営する「こひつじ保育園」に併設する施設です。ここでは、お年寄り同士がふれあい、趣味を楽しむことができる場を提供し、入浴・昼食・レクリエーションや機能訓練を行います。日帰りの利用ですが、寝たきりや引きこもりの予防、在宅介護でのご家族の負担の軽減など、心身の健康を保つことができるサービスの提供を目的としている家庭的なデイサービスです。また、保育園が併設しているため、朝のこどもたちの出迎えや、おいしい昼食、誕生会や絵本の読み聞かせなど、こどもたちや保育職員との日常的な交流楽しむことができます。こどもたちの活発で明るい笑顔を通して、利用者の皆様に楽しんで頂きながら家族的な雰囲気を味わうことができるよう努めています。
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石井十次は「アア美なるかな尾鈴山 アア壮なるかな太平洋」と謳い、児湯地域を人間形成に適した場所であると考えていました。東都農地区は、まさにその情景に合った素晴らしい自然環境です。その中に立つ尾鈴保育園は、平成23年4月に都農町立ひがし保育所の移譲を受け、石井記念友愛社の運営となった保育園です。国道10号線の西側、都農東小学校の北側程近い場所に位置しています。家庭的な園舎と広々とした園庭を有し、子ども達は、のびのびと園生活を送っています。石井十次の「愛の教育」を基本とし、子ども達一人ひとりが愛されていることを実感しながら生きる力と豊かな心を育めるよう、温かい人的・物的環境と遊びを通した豊富な体験の提供を心掛けています。また、子育て家庭の支えとなれるよう多様な保育ニーズにも徐々に応えていきます。そして、地域の方々に気軽に立ち寄って頂ける、地域の福祉向上のために少しでも役立つ事の出来る保育園を目指します。
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社会福祉法人石井記念友愛社
宮崎県木城町椎木644−1
TEL0983−32−2025FX0983−32−3916
舞鶴城址を見上げる高鍋町の静かな住宅地の中にあり、高鍋藩校・明倫館跡、町立図書館、町立美術館、老人デイサービスセンターなどが周囲に点在する当園は、明倫文化発祥の地に位置し、こどもたちの発育環境にとって最高の文化環境に恵まれています。
それらの公的施設と関わりを持ったり、保護者が安心できる子育ての場となるような環境づくりや交流をはかりながら、地域の信頼が得られるような運営をめざしています。また、「一時保育」「休日保育」「延長保育」にも取り組み、保護者のニーズに応じています。
「お花の日」「地域の文化を知ろう」を通して、神楽、お花、日本舞踊など、日本の文化に触れたり、日本の伝統行事・伝承遊びにも力を入れています。
石井十次の「愛の精神」をめざし、優しい心、強い心に育つ保育をめざしています。
茶臼原台地の東のはずれ、耳をすますと日向灘の海の音が聞こえるほどの場所にあるやまばと保育園は、とんがり屋根の赤い園舎が目立ちます。周囲には静かな牛牧の集落が、ひろびろとした農地と防風林に囲まれてたたずみ、上空を、やわらかな風が季節の色を映して光りながら通り過ぎてゆきます。園の朝は好きな遊びで、自分で学ぶ力を育てます。近くにある高鍋湿原へのお散歩と自然観察も楽しみ。春の田植え、遠足、夏祭りとプール開き、秋の稲刈りと収穫感謝祭、冬のクリスマス、凧揚げなど、四季を通じて、石井十次の「愛と心の」教育を実践しながら、一人ひとりのこどもの育ちを尊重し、感謝の心や他人の気持ちを思いやる優しい心が育つ保育をめざします。
「じゅうじの家デイサービスセンター」は、高鍋の街中にあり、「にっしん保育園」と「じゅうじの家小規模養護施設」を併設していいる全国でも珍しい複合施設です。それぞれの施設が手を取り合い、協同した成り立っています。定員10名という少人数の家庭的・家族的な環境で、きめ細かなサービスの提供を行っています。また、「一日無料体験(送迎・昼食付)」を実施し、デイサービス(通所介護)の体験をしていただいています(要予約)。これは、介護度等問いませんので、どなたでもご利用できます。どうぞ、レクリエーションや食事を交えながらの交流をお楽しみ下さい。自費利用も実施しています。こども花に囲まれた癒しの空間をぜひ一度、体感してみませんか?
*じゅうじの家デイは心のリハビリを目指しています。@あたたかな家庭的雰囲気とこどもとのふれあいA心のこもった料理と家庭サービスB花や野菜づくりを通した癒し空間
2007年は、石井十次が、最初に児童一人を救い、「岡山孤児院」を立ち上げ、宮崎のこの地に将来の理想郷づくりをもとめて土地を求め始めてからちょうど120年目の年にあたりました。また、2008年は武者小路実篤がこの地に理想郷「新しき村」づくりを試み始めてから90年目の年でした。その節目の年に、この茶臼原台地に第三の理想郷づくりともいうべき「茶臼原自然芸術館」と「天命館」が開館しました。この二つの施設は、障害を持つ方々が染織と農業の技術を身につけることで、地域の中で「就労・自立」を実現することを目指しています。具体的には、茶臼原の豊かな自然の中から採集した素材から糸を採り、布を織り上げる「自然布」を中心とした染織作業と、有機農法を軸とした農業の実践です。障害を持った方々と健常者とが協働し、自らの秘めた力を掘り起こし、新しい地域文化の創造を実現することを目指します。石井十次がこの茶臼原大地に福祉の理想郷を描こうとしたように、これから、新しい「福祉と芸術と農業」をひとつにした理想郷づくりの挑戦が始まるのです。
石井十次資料館は、石井記念友愛社の敷地の中にある施設で、石井十次の生涯とその足跡・記録等を保存・展示してある施設です。十次は、慶応元年(1865)宮崎県児湯郡上江村(現在の高鍋町)生まれ。15歳で海軍士官を志しますが、病気にかかり帰郷。16歳で結婚し上江小学校の教師となりました。半年後、警察署の書記になったものの難病を患い、診察を受けた医師に勧められて岡山の医学学校へ入学。診療所で実習している時、四国巡礼途上の母と子に出会い、その子供を預かったことをきっかけとして、児童救済事業に入っていきます。その事業は、収容児童が一時期1200人に達するなど、わが国で最初の本格的な孤児院でした。その後、木城町茶臼原に分院を設置し、開拓事業を開始するとともに岡山から児童たちを移住させました。資料館には、48歳で亡くなるまで社会福祉事業に身を捧げた十次関連の資料がぎっしりと詰まっており、来館者に感銘を与えています。
理念
天は父なり人は同胞なれば
互いに相信じ相愛すべきこと
〈石井十次の言葉〉
「石井十次の会」は、石井十次の愛と理念を継承して、福祉・文化・教育活動を続けている、石井記念友愛社のさらなる充実発展のために、物心両面から支援しようと結集した会です。十次は自身の制定した「茶臼原憲法」の冒頭で、「天は父なり 人は同胞なれば 互いに相信し 相愛す可き事」と記しています。今の世相を考え、日本の将来に不安を感じる時、今こそ真摯に十次の遺訓を学び実践して道徳的な情操の育成をすべきであると痛感します。石井記念友愛社では、幼児・児童生徒達が師弟同行で十次の心を学びながら、家族的生活を営んでおり、いろいろと事情のあった子供達も、生活に慣れるに従い、落ち着いて明るく成長しています。このような友愛社の子供達の成長ぶりや教育体験は機関紙「友愛通信」「むつび」によって報告されています。石井十次の理念を広く社会に向けて発信し、地域の福祉や教育にも役立ちたいと願って活動を続けています。
ゆうあい通信
石井記念友愛社の現・理事長児嶋草次郎のエッセイです。友愛社と茶臼原の日常が綴られます。
石井記念友愛社・本部の近くにある、自然いっぱいの保育園です。森の中の園舎は木造で、園庭には四季の花が咲きほこり、小屋では羊が昼寝をし、木の上では小鳥のさえずりが聞こえます。ここ、茶臼原の大地は、児童福祉の父・石井十次の理想郷づくりの拠点となったところで、今もその精神が流れています。大自然のふところで愛と文化と自然のふれあいを受け継ぐ保育園です。春には山菜を採って保存食作りをしたり、四季折々の野菜作りや収穫したものを使っての芋煮会など、食育にも力を入れています。保育園で飼育している羊のネネとミミのお世話は、こどもたちと一緒に毎日しています。園の前にある広場では、地域のお年寄りたちとグラウンドゴルフをしたり、歌を歌ったり、寒餅突き凧揚げをしたりして交流しています。晴れた日の保育室は野の草の上や森の大きな木の下です。こどもたちは、野遊び、山遊びをして草や木とふれあい、羊との語り合いを通して、自分たちも自然の中の一員であることを幼いころから感じながら生活をしています。自然との共感、命のいつくしみの感性を育てます。
福祉と芸術の森(石井記念友愛社の関連施設・活動など)
高鍋町は日本の児童福祉の先駆者・石井十次が生まれた土地です。「にっしん保育園」は、十次が通った高鍋藩校「明倫館」の遺風を残す町の中心部にあり、デイサービスセンター・小規模養護施設が隣接する複合施設の中にある未満児保育園です。園内には、赤ちゃんからお年寄りまで楽しめる「おもちゃ美術館」、絵本の貸し出しもしている「図書コーナー」、保育園・幼稚園に在籍していない在宅親子をサポートする「子育て支援センター」、昼間保護者のいない家庭の児童が安心・安全に過ごせる「放課後児童クラブ」などがあり、親鳥がヒナを羽の下に包むように、一人ひとりのこどもたちの純粋な心を見つめ、愛されていると感じとれるようにやさしく保育します。また隣接するデイサービスセンター利用者や、保育園を支援して下さっている多くのボランティアの方々とのふれあい、園舎の屋上緑化などを通して、こどもたちが心豊かに成長できる環境が整っています。どなたでも気軽に遊びにおいで下さい。
川南町立十文字保育所が民営化され、石井記念友愛社の運営となった保育園です。川南町は開拓の歴史と文化に守られた農村地帯で、当園は、広々とした農村公園と青々とした茶畑がすぐそばにあり、遠く尾鈴の山々が見渡せる自然豊かな環境に囲まれた場所にあります。
石井十次の「愛の教育」を基本とし、自然と触れ合いながら、たくさんのあそびが、経験できるよう、環境を整えて、一人ひとりが素直で心身共に明るく元気なこどもに育つような保育の取り組みに努めます。
また、徐々に多様な保育ニーズにも応えながら、子育て支援の場として、地域の信頼が得られるような保育園作りを目指します。
宮崎市の中心部、JR宮崎駅に近い閑静な住宅地の中にある保育園です。園の庭には、大きな常緑樹が植えられていて、緑の木陰を作っています。園庭にある遊具や、象のかたちをしたすべり台、並べられている小さなスコップや落ちているサッカーボールなどさえも、ここで行われている絵本の「読み聞かせ」の一場面のようで、こひつじ保育園の一角が、「まち」の中のメルヘン空間をかたちづくっているのです。園では、就労準備・病気等で一時的に家庭で保育ができない方屋リフレッシュのための「一時保育」と入園しているこどもさんを対象とした「休日保育」、また子育て支援の「育児講座」も行っています。園内には、小さなギャラリーと催し物もできるホールもあります。併設するこひつじデイサービスセンターのお年寄りとこどもたちのふれあいや、わらべうたあそびなども取り入れ、人から愛され、人を愛し、たくましく育つこどもたちのために丁寧な保育をめざしています。
定員6名の地域小規模児童養護施設です。こどもたちは、家庭的な環境(職員二人が住み込み)の中で、生活文化の習得と社会的自立を目指しています。施設には、保育園とデイサービスセンターが隣接し、こどもたちは、デイサービスの利用者の方々と昼食をとったり、レクリエーションをしたりして交流しています。
こどもたちは、ボランティアの方々から、園芸や空手、ピアノなどの指導を受けており、さまざまな体験をさせていただいています。また、地域の行事にも積極的に参加しています。平成19年1月からは、高鍋町より委託を受け、子育て短期支援事業として、トワィライトステイ(夜間一時預かり)を実施し、地域のお子さんを預からせていただいています。希望があればショートステイも実施します。地域に開かれたこどものためのグループホームです。
光と風に包まれた茶臼原台地の真ん中にある保育園です。周りには、児童福祉の父・石井十次とその仲間たちが開拓した農地と茶畑が雄大な米良山脈を背景にしてひろがっています。茶臼原小学校と老人保健施設「菜花園」に隣接し、こどもたちとお年寄りと、花と森に囲まれた保育園です。園のすぐ横には、「きららのもり」という大きな森があります。暗いトンネルのような道をたどって森の中に入ってゆくと、そこは、落ち葉のじゅうたんやドングリ、草の実や木の実などがいっぱいあり、小鳥やノウサギやタヌキ、シカなどもいる、宝箱のような場所です。こどもたちは園と森で遊び、学びます。春は遠出の散歩や野イチゴとり、ヨモギ摘みとダンゴ作り、夏はソーメン流しや七夕祭り、秋は稲刈りと収穫感謝祭、冬はたき火や凧揚げ大会など、四季を通じて、茶臼原の大地が育んだ石井十次の愛と文化と自然とのふれあいを学んでゆきます。
石井記念有隣園は、都城盆地周辺部の高台にあり、園を一歩出ると霧島連山が眼前に広がっています。昭和32年、宮崎県南地方の養護ニーズに応えるため、児童養護施設として設立されました。平成19年には、設立50周年を迎え、記念式典を行い、児童・保護者及び関係者の皆様の前で期待を担うべく気持ちを新たにしました。記念誌も発行、「自分にはたくさんの家族がいるんだ」「自分の故郷と思い、支えにしている」等と、寄稿して下さった方に励ましもいただきました。
定員50人のこどもたちとともに、職員も園内に住み込み、寝食を共にしています。
緑に囲まれ、明るく広々とした空間でこどもたちはのびのびと走り回っています。敷地内には畑もあり、こどもたちと季節の野菜類を育て、収穫し、味わっています。
石井十次の理念を受け継ぎ、@自然主義A家族主義B友愛主義を基本目標に掲げ、こどもの指導処遇に日夜献身しています。
「石井記念友愛園」は、友愛社の中核をなす福祉事業であり、その施設です。ゆったりとした時間と空気が流れる茶臼原の大地で、約50人の子供たちが暮らしています。広々とした敷地内には、種々の花が植えられ、樹木が繁り、古い建物と新しい建物が時代を超えて調和しています。それは石井十次とその仲間たちが、この茶臼原大地を開拓した時代から残し続けてきた、絵・写真・文書・彫刻・石片などともに、訪れてくる鳥や虫たちなどが、全体としての風景をかたちづくっているのです。
ここ茶臼原の地には、このような「友愛社文化」が着実に根付いているといえます。友愛園ではこのような環境の中、子供たちを、慈しみながら教育しています。戦後、石井十次の理念を継承した、「自然主義、家族主義、農業主義」の運営方針を引き継ぎ、多方面な教育活動が展開されているのです。
方針
自然主義 健康をつくります
家族主義 家族をまもります
友愛主義 家庭をささえます
石井十次は、日本における福祉事業の先駆者です。慶応元年(1865)に高鍋町に生まれ、最初は岡山で医学を学んでいましたが、ある貧しい母子との出会いをきっかけに、23歳で本格的な児童救済事業を始めます。岡山孤児院を創設し「児童福祉の父」と呼ばれた十次の元には、一時は1200名もの子どもたちが保護されたといわれます。施設内には私立の小学校も開設され、ユニークな教育も行われました。石井十次が児童福祉の父・福祉の先駆者などと呼ばれるのはこのことによります。
やがて、フランスの思想家ルソーの『エミール』の感化を受けた十次は、 木城町と西都市にまたがる茶臼原で「自然・労作」教育をしようと、 明治27年、岡山からの大移住を開始します。
児童や職員はもとより、建物も解体して茶臼原の地に再現し、そこで理想的な農村共同体を実現するつもりでした。
ところが、大正3年に十次は志半ばで倒れ、その事業はいったん閉じられます。
その後、昭和20年に太平洋戦争被災児救済を目的に再開、『石井記念友愛社』として創設され、児童養護施設や保育園も運営されることになりました。当時の建物はそのまま残され、一角に建てられた資料館には十次の遺品や岡山孤児院のさまざまな資料が保存・展示こされ、十次の偉業を伝えています。
現在の友愛社は、これらの歴史と理念を継承し、約50人の園生が生活する「友愛園」と友愛社が運営する七つの保育園、二つのデイサービス事業、石井十次の生涯と友愛社の歴史を記録する「石井十次資料館」などを中心に運営されており、また、それを支援する後援会「石井十次の会」があります。そして今年(2009)「茶臼原自然芸術館」(障害者就労継続支援型事業)が開館、自然布の染織と無農薬農業の実践を通して障害者の技能習得と自立を支援します。豊かな自然に抱かれた茶臼原の大地で、石井十次がめざした「福祉と芸術が融合した理想郷づくり」の夢の実現へ向けて石井記念友愛社の新しい歴史が刻まれてゆきます。